本稿は、塚原沙耶氏による連載企画です。
佐賀県嬉野市は江戸時代から宿場町として栄えた温泉地だ。言わずと知れたうれしの茶の名産地で、茶文化とともに肥前吉田焼も育まれてきた。そこに2万坪の広大な敷地を持つ和多屋別荘が、地域文化の発信地として進化を遂げている。
和多屋別荘は1950年に創業し、バブル崩壊やリーマンショック、コロナ禍など、時代の荒波に翻弄されてきた。負債を抱え、二度の経営危機も経験。苦しい時期を乗り越える過程で「旅館」のあり方をアップデートした。「1泊2食つき」という形式にとらわれず、客室をオフィスとして貸し出し、約30軒のショップを展開し、文学賞まで主催している。
和多屋別荘は今、何を目指しているのか。代表取締役の小原嘉元さん、広報PRを担当する大石和哉さん、広報PRやブランディングを支えるイノベーションパートナーズ代表取締役の本田晋一郎さんに聞いた。多岐にわたる挑戦は、「嬉野」という街の編集でもある。地域の価値をどう伝え、何を未来へつないでいこうとしているのか。

株式会社和多屋別荘 代表取締役
小原 嘉元1977 年嬉野市生まれ。2000 年、株式会社和多屋別荘へ入社。家業の不振により退職し、旅館再生コンサルタントの道へ。約10 年に渡り全国の温泉旅館70 軒の再生に携わる。2013 年、代表に就任。経営危機を乗り越える。旅館経営のほか、「箱庭の芸術祭」「嬉野茶時(ティーツーリズム)」「宵の美術館」を立ち上げ。有田にオーベルジュ「aritahuis」を開業し、2020 年には国内初の旅館内へのサテライトオフィスを誘致。書店「BOOKS&TEA 三服」や「ピエール・エルメ・パリ」を開業し、「温泉インキュベーションセンター(OIC)」を新設。2025年4月、旅館内に外国人日本語学校を開学。1300 年の嬉野温泉、500 年のうれしの茶、400 年の肥前吉田焼の 3 つの地域固有文化を地域OS と捉え、地域 OS から生み出される本来価値をツーリズム、食、旅館を通して次代へつなぐ。

株式会社和多屋別荘 企業誘致・R&D事業部 ゼネラルマネージャー
大石 和哉嬉野生まれ、嬉野育ち。2008年に和多屋別荘へ入社。企業誘致・R&D、地域事業者との共創、広報PRなどを担当している。館内外のさまざまな人・企業・文化をつなぎ、嬉野にある価値を新しい体験や事業として編集する取り組みに携わっている。旅館という場を通して、地域に受け継がれてきた文化や嬉野の魅力を伝える取り組みを進める。

株式会社イノベーションパートナーズ 代表取締役社長
本田 晋一郎慶應義塾大学理工学部卒業後、WOWOW、ITベンチャーを経てプラスディーを創業し、広告や実写版映画「銀魂」などを製作。2018年にイノベーションパートナーズを設立。佐賀県嬉野市「和多屋別荘」を起点に、旅館の客室・宴会場への企業誘致で地元雇用を生むモデルを確立し、全国25社以上の誘致で「地方創生大臣賞」を受賞。佐賀県ビジネスアンバサダー、総務省地域力創造アドバイザー。佐賀県鹿島市では地域法人「ARIAKEエリアブランディング」の代表として肥前鹿島駅の交流拠点化を牽引し、「BARにかい」も運営。静岡県と「伊豆のスタートアップ聖地化」に挑むほか、上越市高田「鈴木旅館」、沖縄「Swallow Base」など、地域資源の価値を再編集し、長期宿泊や地域回遊をテーマに事業化している。
株式会社和多屋別荘(佐賀県) :最新プレスリリースはこちら
経営再建と同時に「旅館」の捉え方を変えた
嬉野温泉の歴史は古く、8世紀に編纂された『肥前国風土記』に「東の辺に湯の泉ありて能く人の病を癒す」とある。江戸時代には長崎街道の宿場「嬉野湯宿」として発展した。

和多屋別荘は、1950年に小原嘉元さんの祖父が創業。父が引き継ぎ、2013年、現代表が3代目に就任した。
小原さんが就任に至るまでには、紆余曲折があった。もともと旅館を継ぐつもりはなかったが、東京の大学を中退し、2000年、株式会社和多屋別荘(福岡営業所)に入社する。
「私は放蕩息子で、旅館に興味もありませんでした。それが九州に戻ってきて、父が福岡営業所に作ってくれたインターネット事業部で働くことに。ところが当時、経営は危機的な状況でした。バブル崩壊後の債務超過に苦しみ、限界に達したのです。福岡営業所を閉めて、ネット事業は廃止。私は叩き出されることになりました。和多屋別荘は約200人いた社員のうち50人を解雇しました。経営再建のために雇われた旅館再生コンサルタントが、社員の心情を思えば、放蕩息子の解雇が必要だと考えたのです」(小原)
和多屋別荘を離れた後、インターネット事業の会社を立ち上げたものの、鳴かず飛ばず。父の指示で、自身を解雇した旅館再生コンサルタントのもとで修行することになる。
「周りが行かざるを得ない状況を作ってくれて、断れずに働き始めました。そこで全力で旅館再生に取り組む人たちに会い、自分がいかに甘えた生き方をしていたかがよくわかった。人様からお金をいただくことの意味を徹底的に叩き込まれました」(小原)
1年後に独立して旅館再生コンサルタント会社を起業。約10年間で70軒ほどの再生を手がける。そんな折、和多屋別荘がまた経営危機に直面しているという話が耳に入った。2012年のことだった。
「調べると、前回よりも厳しい状況でした。リーマンショックや東日本大震災などの影響もありますが、客足が遠のいたのはどこの旅館も同じ。結局は経営能力が欠けていたのでしょう。億単位の莫大な負債を抱え、税金や各種経費を支払えず、給与も遅配していました」(小原)
2013年、嬉野に戻ることを決意して社長に就任。無駄を削減し、2年半かけて未払金を支払った。同時に「旅館」の捉え方を大きく変えた。
「豊かな空間を持ちながら、『1泊2食』だけの装置になっていることに違和感がありました。この空間の土台には、歴史を紡いできた文化があります。1300年の温泉、500年のうれしの茶、400年の肥前吉田焼。これらが地域のOSです。その上に2万坪の土地があり、アプリケーションとして旅館がある。アプリケーションは時代とともに変化していくものだと思います」(小原)

地域文化という「OS」のもと、自身は「2万坪の管理人」を務める。土地がどんな機能を持つか、すなわち「アプリケーション」はニーズによってさまざまに変わる。「1泊2食」は一つの「ベストセラー商品」だと捉えた。
では、管理人として2万坪の敷地をどう生かすか。問題点は見えていた。
「旅館を見直してみると、うまくいかない要因がよくわかりました。たとえば施設への愛情が欠けている。中央に本物の川が流れているというのに、それを眺めるための椅子が一脚もありませんでした」(小原)
空間設計を刷新したい。しかし銀行から設備投資のための資金を借りられない。そこで自ら手がけることにした。
「私は京都の俵屋旅館さんが大好きで。佐藤年さん(俵屋旅館の11代主人)の空間美に憧れていました。壮大な夢ではありますが、あのような空間美を和多屋別荘の2万坪で表現したい。融資は受けられないので、自社の大工と私で、客室を含む館内のすべての改装を行うことにしました。あらゆるものを自分で選びますから、空間の美意識を統一することができるのです」(小原)
各所へ月見台を新設して、川を見ながら歩く通路に椅子を設置。敷地内の橋にはボックス席を用意するなど、川を眺めて過ごすことができるようになった。

「温泉入りたい放題のオフィス」を発信
旅館はただ泊まる場所ではない。その方針が大きく前に進んだのはコロナ禍だった。2017年頃から広報PRに関わる本田さんはこう語る。
「団体客が減っていくなかで、空いた部屋をどう活用していくか。旅館の客室をオフィスに変えるというアイデアがありました。僕らイノベーションパートナーズが入居し、それを発信することも一つの広報PRにつながるのではないかと」(本田)
2019年、オフィス事業に着手する。2020年3月、イノベーションパートナーズが和多屋別荘内にサテライトオフィスを設置。プレスリリースの配信がちょうど緊急事態宣言と重なる。オフィスに通勤できず、リモートワークが広がるなか、仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」が注目された。「温泉入りたい放題のオフィス」は一躍脚光を浴びる。
「コロナ禍で在宅ワーク、ソーシャルディスタンスという言葉が出てくるなか、人間らしく仕事をしてほしいという思いで、『2万坪の広大な敷地の老舗旅館で働ける』『温泉入りたい放題』、この2点を打ち出しました。遊び心が響いたのか、リリースを出すと新聞などに取り上げられ、各社から問い合わせもたくさんありました。観光地は通常、お客さんは休日にいらっしゃるので、平日はなかなか埋まりませんが、『仕事』であれば平日に客室が活用できるという利点もあります」(本田)

2022年には「Onsen Incubation Center」を開設し、スタートアップ企業を受け入れるなど、イノベーションの場として発展させている。現在、館内に入居している企業は19社。企業が拠点を持つことは地域にも影響を与える。
「地元での雇用もあります。嬉野市内に会社拠点を置く際、自治体から家賃補助などを受けられますが、その条件として地元からの雇用人数が定められているのです」(大石)
文学賞を創設し、土地の文化を育む
入居企業の社員は、温泉以外の館内施設も利用できる。館内には「泊まる」だけではないさまざまな機能が揃う。うれしの茶専門店「副島園」、お茶を味わえる書店「BOOKS&TEA 三服」、Suicaのペンギンで知られるイラストレーター・さかざきちはるさんの常設ミュージアムなど、多彩な施設がある。
「現在は28店舗のショップがあり、近隣の旅館に泊まった方がショップを目的に立ち寄ることも増えました。旅館の入り口でのポップアップなども月替わりで開催しています。特徴的なのは、薬局の『薬泊堂』。温泉ソムリエの資格を持つ薬剤師の方が常駐し、漢方体質チェックなどを通して、その方に合った温泉の入り方を提案したりします。薬の販売だけではなく、『温泉薬局』として養生体験を提供するのです。薬膳食などを含めた宿泊プランもあります」(大石)

各店舗は地域文化を取り入れて展開している。
「館全体として、地域と密に連携しています。お茶に関して言えば、和多屋別荘では5つのお茶農家さんと契約していて、館内のレストランによってお茶屋さんが違ったりするのです。吉田焼も窯元と一緒に取り組んでいます。ショップもありますから、夕食時にレストランで気に入ったお皿を購入して帰ることも可能です」(大石)
サテライトオフィスやショップ展開など、新たな取り組みを伝えることが、そのまま嬉野温泉、うれしの茶、肥前吉田焼を発信することにつながる。特筆すべき試みが「三服文学賞」だ。2022年に文学賞を創設し、「温泉」「お茶」「うつわ」など、この場所に関連のある7つのテーマで作品を募集している。
「2000字以内という規定で応募しやすく、第1回は約2100作品の応募がありました。大賞受賞者には、1年間和多屋別荘に宿泊して三服で執筆できる『ライターインレジデンス権』を授与します。全国、海外からも作品が届きますね」(大石)
作品の舞台は嬉野に限らないが、和多屋別荘発の文学賞がこの土地の文化を醸成する。ライターインレジデンス権も、かつて数々の文豪が旅館に滞在して作品を生み出してきた歴史を思わせる試みだ。第2回受賞者の葦田不見さんは和多屋別荘で150日以上生活し、書籍を出版。その後、移住も検討しているという。文化を育てながら地域と和多屋別荘を広く発信する、息の長い広報PRといえるだろう。

嬉野に住む人の心と体が豊かであるために
各地で観光地活性化に関わる本田さんは、和多屋別荘や嬉野の広報PRにどんな特徴があると感じているのだろうか。
「旅館は広告を出すほどの余裕がないケースが多く、メディアにいかに取り上げてもらうかが重要です。嬉野では小原代表が地域の発信のリーダーシップを取り、メディアそれぞれの切り口で情報が伝達されている点が特徴的だと思います」(本田)
小原さんが伝えようとしているのは、和多屋別荘という旅館ではなく、「嬉野」の持つ価値だ。
「アプリケーションより2万坪の土地、そして2万坪の土地より文化が大事。行政区としては将来的に消滅可能性が高く、これは抗いようのないことです。それでも、『アジアの嬉野』として場の存在意義を残していきたい。重要なのは、人口の増減よりも文化を途切れさせないこと。1300年の温泉が1400年、500年のお茶が600年、400年の吉田焼が500年を迎えるようにする。この文化は世界基準を満たしていると私は確信しています。大谷翔平を大谷翔平としてバッターボックスに立たせなければいけない。日本全国にそういう優れた文化があって、ベンチに座らせてしまっているのだと思っています」(小原)

文化の価値をどう伝えるか。そうした考えから生まれた取り組みの一つが「複住旅」だ。日本旅行、WOWOW、イノベーションパートナーズが共同で始動した「観光以上、移住未満」をコンセプトにするプロジェクトで、和多屋別荘がその第1弾の場となった。ティーツーリズムや酒蔵体験、陶芸ワークショップなど、嬉野の文化を存分に味わうプランを実現。WOWOWでも「嬉野の本物に出会う旅」として放送された。
「嬉野にとって大切なのは、関係人口をいかに増やすか。1泊2日の観光旅行で終わらず、2回、3回と訪れて、1週間、2週間、滞在してほしい。その先で、第二の故郷のように思ってもらえたら」(本田)

嬉野生まれ、嬉野育ちの大石さんは、街のよさをこう語る。
「嬉野の街には変わらない魅力があり、脈々と続いてきた文化や街並みにほっとします。嬉野を感じて帰ってほしいですね。広報PRとしては、多くの反響をいただけるようなものがまだまだ眠っていて、伝えきれていないなと思います」(大石)
一度は街を離れた小原さんが戻り、外の視点を持つ本田さんが関わり、嬉野に根を張る大石さんら社員と伝え方を模索してきた。変わらない街にある旅館というアプリケーションは大きく変化した。
「館内はめまぐるしいくらいに変化して、私としては日々楽しいです。今はもう、旅館で働いているという感覚ではありません。『ただ泊まって食事をするところではない』ということを発信していきたいと思います」(大石)

2022年には西九州新幹線の嬉野温泉駅が開業し、交通アクセスが大幅に向上した。そんななか、より高付加価値の宿泊体験も検討されている。小原さんは、旅館という場所を通してお茶の経済的価値を上げ、それを茶農家に還元していきたいと言う。
「もとは温泉やお茶、焼き物がある場所で人が暮らし、生活をしていくために『じゃあ旅籠をやるか』となって観光業が栄えたのだと思います。だから残したいのは観光業ではなく、文化とここに住む人の生活。嬉野で生きる人の心と体が豊かであることが一番です。おじいちゃんもおばあちゃんも、子どもたちも」(小原)
旅館をどう発信するかではなく、「2万坪」を使って、嬉野をどう未来へつないでいくか。和多屋別荘が試みる旅館のアップデートは、「嬉野」という街の編集でもある。その取り組みはここで暮らす人々の豊かさを考えることから始まるのだろう。
(取材・文/塚原沙耶)
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