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ヤシノミ洗剤や消毒剤、ラカントで取り組む「衛生・環境・健康」の課題。時間をかけて理解を育てる|サラヤ株式会社

ヤシノミ洗剤や消毒剤、ラカントで取り組む「衛生・環境・健康」の課題。時間をかけて理解を育てる|サラヤ株式会社

今年55周年を迎えた「ヤシノミ洗剤」。植物性洗浄成分、無香料・無着色にこだわった、ロングセラー商品だ。ヤシノミ洗剤の会社が、植物から生まれたカロリー&糖類ゼロの甘味料「ラカントS」を作っているとは、知らない人もいるかもしれない。

洗剤と食品という異なるカテゴリーの製品だが、手がけるサラヤのポリシーは一貫している。「衛生・環境・健康」を軸に、ビジネスで社会に貢献すること。発売当初は、環境問題や健康志向が今ほど関心を集めていなかったこともあり、いずれも収益化するまでに長い年月を要したという。

時代に先駆けた取り組みはすぐには理解されなかった。どのように浸透していったのだろうか。また、マレーシア・ボルネオ島の環境保全活動やウガンダの衛生環境改善活動など、社会貢献の場はグローバルに広がっている。サラヤが歩んできた道のりと、独自の事業をどう伝えるか、広報宣伝統括部の森樹里さんと上野大海さんに聞いた。

サラヤ株式会社(大阪府大阪市) :最新プレスリリースはこちら

森 樹里のプロフィール画像

サラヤ株式会社 広報宣伝統括部

森 樹里(Mori Jyuri)

PR会社などでの勤務を経て、サラヤ株式会社へ入社。現在は広報宣伝統括部にて全社広報を担当し、企業ブランディングや事業・商品のPR、メディア対応、PR施策など、幅広い広報活動に従事している。

上野 大海のプロフィール画像

サラヤ株式会社 広報宣伝統括部

上野 大海(Ueno Hiromi)

東京出身、スポーツ用品の総合商社、雑誌・WEBメディアを経て、2022年サラヤ株式会社にて一般家庭用製品「ハンドラボ」「ラカント」「ハッピーエレファント」などの全体プロモーションを担当。現在は全社広報でPR領域を兼務。

ヤシノミ洗剤が“冬の時代”を越えるまで

サラヤの創業は1952年。現在の社長・更家悠介さんの父である更家章太さんが会社を立ち上げた。章太さんは三重県熊野市で代々林業を営む家系に生まれ、豊かな自然に囲まれて育ったという。

「熊野から一旗揚げようと大阪に出てきて、伝承薬などを販売していました。当時、赤痢が流行していて、営業先から『赤痢に効果があるものなら買う』と言われたことが創業の原点です。創業者は『感染症の予防は手洗い』と考え、日本で初めて、手洗いと同時に殺菌・消毒ができる薬用石けん液と専用容器を開発しました。『食事の前には手を洗おう』などの標語とともに、手洗い習慣を広めたのです」(森)

左:「パールパーム石けん液」、右:手洗い場の様子
左:「パールパーム石けん液」、右:手洗い場の様子

公定書外医薬品「パールパーム石けん液」と押し上げ式の専用容器を販売した。

「当時は物が不足していて固形石けんを置いておくと盗まれてしまったり、汚れていて衛生的ではなかったりしました。液体にして専用容器に入れることで盗まれず、いつでもきれいな石けん液が出てきます。また、石けん液を薄めて使う濃縮タイプだったため、使用コストも運送コストも抑えられることから広まっていったそうです」(森)

衛生の会社として足場を固め、1971年、ヤシノミ洗剤を発売する。石油系の合成洗剤が当時の主流だったが、植物原料であるヤシ油を用いた。石油系洗剤はコストが低く洗浄力に優れているが、排水後、微生物によって分解されにくい。

「その頃、石油系洗剤が流れた河川が泡だらけになり、水質汚染が社会問題になっていたのです。それでヤシ油を使い、植物性で生分解性の高い洗剤を作りました」(上野)

給食センターに業務用として提供していたところ、職員たちから「手が荒れなくていい」と好評を博す。「家でも使いたい」という要望が寄せられ、「手肌と地球にやさしい」をコンセプトとした家庭用のヤシノミ洗剤が誕生した。

発売当初の家庭用ヤシノミ洗剤
発売当初の家庭用ヤシノミ洗剤

しかし、合成洗剤より販売価格は高い。手肌と環境への影響を考え、洗浄に不要な合成香料や着色料を使用していないため、原料の精製工程が必要になるからだ。まだ環境保全にあまり目が向いていない時代で、小売店から「環境訴求で洗剤は売れない」と言われることもあったという。

「家庭用については、根づくまでかなり時間がかかっています。日の目を浴びたのは最近といってもいいかもしれません。ほとんどが“冬の時代”の商品ではありますね」(上野)

一つの転機となったのが、テレビ番組の取材だった。といっても、番組に取り上げられたことで人気を博したわけではない。

「2004年に『素敵な宇宙船地球号』という番組で、ヤシノミ洗剤が取り上げられました。その頃、パーム油の需要が世界的に増えていました。アブラヤシから採れるパーム油は、マレーシアのボルネオ島が生産地の一つ。農園拡大のために熱帯雨林が伐採され、野生動物のすみかが奪われていました。テレビ局の方がその話をキャッチして、食品メーカーをはじめとする複数の企業に取材依頼をしたものの、断られてしまったそうなのです」(上野)

パーム油は一部が石けんや洗剤に使われるが、揚げ物、インスタント麺、スナック菓子、チョコレートなどにも使われ、用途の約85%は食用だ。そんななか、サラヤの更家悠介社長が取材に応じた。

「社長が『原料生産地でそんな問題が起きているとは知らなかった。対策に動きます』と話したところ、『問題を知らなかった』という部分だけが放送されてしまったのです。当然ですが、会社には多くの批判が殺到しました。その後、サラヤはボルネオ島で問題の実情を把握し、生物多様性の保全活動を始めました」(上野)

その活動を再度取材したいと二度目の放送があったものの、一度ネガティブなイメージがついてしまうと、すぐに払拭されるわけではない。印象を変えていったのは地道で実のある活動だった。

「やっぱり続けることかなと思います。パーム油の生産をやめれば熱帯雨林は回復し、野生動物の絶滅危機は避けられる。しかしパーム油はボルネオの一大産業で、現地の経済にも影響を与えます。世界的な食用需要を考えても、ただ否定するのは現実的ではありません。産業と環境の両立のため、野生動物の生息域を確保するという案が挙がりました。当時、生息域の確保に要する費用は約200億円。サラヤ一社では賄えないことから、ボルネオ保全トラスト(BCT)という環境団体を立ち上げました。パーム油に関わる他の企業にもBCTに参画いただき、環境保全をしていく体制が生まれた。そうして続けるなかでヤシノミ洗剤を知っていただく機会も増え、商品をご購入いただき、生産地に還元するサイクルができていったと感じています」(上野)

2007年から、BCTにヤシノミ洗剤の売り上げの1%を寄付。サラヤは現実に即した選択肢を考え、持続できる体制を構築していった。長期的に取り組めたのは、ヤシノミ洗剤という商品への自信があるからだろう。

ボルネオ島に暮らす野生のゾウ
ボルネオ島に暮らす野生のゾウ

「糖質オフブーム」でやっと注目されたラカント

ヤシノミ洗剤がこうした道のりを歩んだのは、非上場でオーナー企業であることも影響している。ラカントもまた創業者の発案で生まれたものだった。

「高度経済成長期を経て、経済発展とともに糖尿病が増えていたのです。糖尿病は治らない病気のため、病者本人はもちろん、日本の医療制度にとっても問題でした。糖尿病の予防、そして病者の方がよりよい食生活を送るために役立ちたい。そんな思いから、砂糖の代わりとなる甘味料の開発に取り組みました」

感染症予防から始まったサラヤの根底にあるのは、社会課題をビジネスで解決すること。糖尿病という課題に向き合う商品の開発に挑んだ。

「洗浄・消毒剤を作っている会社でしたから、食品の研究者はいませんでした。そのためラカントの研究者は大学院に通い直して開発に至ったのです。何かいい素材がないかと考えていた時、たまたま薬局で羅漢果ののど飴を目にしたそうで。買って舐めたら甘かったので、『もしかしたら使えるのでは』と調べ始めました」(上野)

羅漢果の実
羅漢果の実

羅漢果は中国の桂林地方で自生するウリ科の果実で、中国政府が“保護植物”に認定し、生の果実を国外に持ち出すことを禁じている。当時の日本にはほとんど研究している人がいなかった。

「数少ない研究もストップしている状態だったため、担当者は直接、中国・桂林へ出向き、現地の大学と研究をスタートしました。羅漢果に含まれる甘味質は砂糖に近く、さらに抽出すると砂糖の300倍ほどの甘さがあったのです」(上野)

1995年に、羅漢果のエキスと甘味成分エリスリトールによって作られた「ラカント」を発売。その後、独自製法により「高純度 羅漢果エキス」の抽出に成功し、「ラカントS」が発売される。

だが、認知が広がるには時間がかかった。

もともと洗剤などを売っている会社なので、急に食品を販売しても、消費者にとっては『よく知らない会社が出している甘味料』になってしまいます。しかも、値段が高い。そのため当初は、糖尿病や肥満症の方に適した病者用食品として、医師や栄養士を中心に商品を伝えていきました」(上野)

2010年代に入ると糖質制限ダイエットがブームになり、一般消費者に知られていく。

「以前はダイエットというと、カロリーが注目される傾向がありました。ラカントもカロリーゼロではありますが、血糖値に影響がないことから『糖質制限ダイエット』に適した甘味料として知られるように。成分も植物由来なので、摂取するものにこだわる方にも選ばれていきました」(上野)

ラカント

商品の背景や社会課題を伝える現地ツアー

ヤシノミ洗剤もラカントも収益化に時間を要したが、その間、会社を支え続けたのは衛生事業だ。

「業務用衛生用品を医療、介護・福祉、食品衛生、公衆衛生の各分野に販売することで事業を拡大していきました」(上野)

「衛生」を土台に、「環境」「健康」で挑戦する。10年、20年を超えて、長い目で取り組んでいる商品を、広報PRとしてはどのように伝えるのだろうか。

原料や成分にこだわると、販売価格はどうしても高くなってしまいます。すると、必要とする方に手に取っていただく形になる。そうした方々に向けて、情報を深く届けていくことが重要です。テレビCMを打ってたくさんの人たちに知ってもらうよりも、関心のある層が見ているWEBメディア、雑誌・新聞、SNS、ラジオなどに情報発信しています」(上野)

さらに、メディアにただ情報を伝えるのではなく、ボルネオなどの現地ツアーを開催している。

ボルネオには定期的にメディアの方をご案内しています。こちらから一方的に課題や解決方法についてご説明するよりも、実際に現地で見て、農園の問題やサラヤが取り組んでいることを受け取っていただきたいという思いがあります。コロナ禍を除いて、毎年メディアツアーを実施していますね。だいたい5〜6日間です。広くお声がけするのではなく、環境問題などを取り上げている媒体、記者さんを中心にご一緒させていただいています」(森)

ラカントについても、中国の桂林地方へメディアの方をご案内して、実がなっているところや製造工程を見ていただいたりしていますね。興味を持ってくださった方に、深く知ることのできる場を準備しています」(上野)

羅漢果が自生する桂林地方の漓江
羅漢果が自生する桂林地方の漓江

商品と同様、関心を持つ人に向けてしっかり訴求する。広さよりも深さを重視しているのだ。一方で、ブランディングの面ではまだまだこれからだと感じてもいる。

『サラヤ』という企業全体を知ってもらうためには、大きな広告費が必要になります。広告費が限られているため、まずはヤシノミ洗剤やラカントなど、それぞれのブランドを伝えていきました。将来的には、各商品がサラヤという企業の商品だと知ってもらえるようになればいいなと思っています。社会貢献活動が関わっている商品が多いので、そういった背景を伝えるように意識していますね」(森)

商品と会社が結びつくことで、「社会課題をビジネスで解決する」という横軸がより知られていくだろう。

ウガンダでの衛生環境改善活動がビジネスに

もう一つ、サラヤの代表的な社会貢献活動に、2010年にスタートした「100万人の手洗いプロジェクト」がある。東アフリカのウガンダ共和国で、正しい手洗いを広め、病気を予防する衛生環境改善活動だ。

「創業60周年のタイミングで、サラヤのベースになっている衛生に関する活動をしたいという思いがありました。『手洗いで多くの人の命を救いたい』というところから創業しているので、今なお衛生の課題に直面している人たちを救いたいと。折しも、2008年にユニセフさんが『世界手洗いの日』を制定しました。それでユニセフさんに相談して、内戦が終了し、国内の衛生環境を改善しようとしていたウガンダで活動することに。現地でビジネスを展開することも見据え、英語が公用語だったことも理由の一つでした」(森)

寄付ではなく、ビジネスにすることで長期的に継続していこうと考えた。

「ユニセフさんと協力して、手洗い場を作ったり、手洗いに関する教育活動を行ったりしています。また、視察で病院を訪ねた時、医療従事者の手指消毒が不十分で院内感染も大きな問題でした。そこで、『病院で手の消毒100%プロジェクト』を開始。アルコール手指消毒剤をウガンダで製造して販売するため、現地拠点を立ち上げることになりました。現地の方を雇用し、現在はウガンダの方々のみで回していただいています」(森)

持続可能な社会貢献の仕組みができ上がっている。ウガンダの事業は、コロナ禍で消毒の需要が増加し、黒字化を果たしたという。

ウガンダ「100万人の手洗いプロジェクト」で
ウガンダ「100万人の手洗いプロジェクト」で

コロナ禍を経て広がる啓発活動

感染症予防から始まったサラヤが、コロナ禍で果たすべき役割は大きかった。

「消毒剤が不足して、本当に消毒効果があるかどうかわからないものも市場に流通していました。医療機関は衛生管理が必須です。まずは医療機関にお渡しできるように、工場は24時間フル稼働で製造。それまでは国内は関西にしか工場がありませんでしたが、新設した関東の工場で消毒剤を製造して対応しました。コロナ禍は、今後またパンデミックが起きた時にも対応できるように対策を進めていった期間だったと思います」(上野)

消毒に関する人々の意識は大きく変化した。

「以前は、日頃から消毒をしている人はほとんどいなかったのではないでしょうか。サラヤとしては、日々の感染対策に関する啓発活動を引き続き行っていきたいと思います」(上野)

コロナ禍を機に、「いのちをつなぐ学校 by SARAYA」という新たなプロジェクトもスタートした。生物学者の福岡伸一さんを“校長”に、出張授業や、動画などのコンテンツ制作を行っている。「衛生・環境・健康」をテーマに学びの機会を提供する取り組みだ。

「コロナ禍でいろんな情報が飛び交いました。自ら正しい情報を知り、考え、行動することが大切だという社長の思いから『いのちをつなぐ学校』は生まれています。70周年のタイミングで始めました」(森)

事業だけではなく、伝えることにも重心を置きつつある。1950年代から社会課題に向き合ってきたサラヤだからこそ、啓発できることがあるだろう。

100を超える企業や団体と海の課題に向き合う

近年、積極的に取り組む海洋課題もその一つで、企業や人々を巻き込みながら推進している。

「社長が長崎県・対馬に視察に行き、たくさんの海洋プラスチックゴミを見て『なんとかしなければ』と思ったことからスタートしました。対馬は海流の影響でゴミが流れ着きやすく、海岸に人の背丈よりも高いゴミが積み上がってしまいます。放っておくとマイクロプラスチックになり、海の生物や人体へも影響を及ぼすといわれている。そこで『ブルーオーシャン対馬』という子会社を設立しました。海洋プラスチックを燃料化するなど、サーキュラーエコノミー(循環経済)を実現することを目指しています。そしてこの“対馬モデル”を、同じ課題を抱える世界中の島々へ波及させていきたいと考えているのです」(森)

対馬に漂着したゴミ
対馬に漂着したゴミ

目下、他にも海に関するいろいろな取り組みを進めている最中だ。

「海洋資源の問題は深刻で、漁師さんの生活に与える影響も大きい。サラヤでは『ラピッドフリーザー』という急速凍結機を製作し、各地の漁協さんと協力しています。たくさん収穫できる時に新鮮な状態で冷凍して、旬が過ぎてもおいしい状態で出荷する。漁師さんの収入も安定し、漁業資源もしっかり活用できます」(森)

ボルネオやウガンダで築いてきたように、多くの関係先をつなぐ。

海の問題はとても大きく、当然、一社では解決できません。そのため、『ブルーオーシャン・イニシアチブ』という共創プラットフォームを作りました。サラヤは幹事企業という形で、海に関連する企業さんや関心のある方に入っていただき、一緒にアイデアを出し合っています」(森)

一般社団法人ブルーオーシャン・イニシアチブは、企業、スタートアップ、自治体、アカデミア、金融機関、メディア、NPOなど、100を超える企業や団体が参加している。

また、2025年の大阪・関西万博では、社長が代表を務める特定非営利活動法人ZERI JAPANとともに、「海の蘇生」をテーマにした民間パビリオン「BLUE OCEAN DOME」を出展。今後もさまざまな団体と協力しながら、「ブルーオーシャン・プロジェクト」を続けていくという。

大阪・関西万博のパビリオン「BLUE OCEAN DOME」
大阪・関西万博のパビリオン「BLUE OCEAN DOME」

サラヤは「サステナブル」という言葉が広がる前から、社会課題の解決に向けた持続可能な仕組みを作ってきた。時代に先駆けた事業や活動を粘り強く続けてきたことが、今、一企業の枠を超えて大きな意味を持っている。

その時々の会社の売り上げなどによって活動の内容が変わると、現地にとってよくありません。社会課題はすぐに解決できるようなものではないので、継続できる仕組みのもとで、長くコツコツ続けていくべきだと思っています」(森)

変わりゆく時代のなか、時間をかけて取り組むには胆力がいる。ヤシノミ洗剤もラカントも、芽が出るまで長い間待ち続けた。伝えるうえでも同様で、焦らずに理解を育てている。「衛生・環境・健康」は人が生きるための基盤。だからこそ、あきらめることなく何十年かけても根づかせる必要があるのだろう。

(取材・文/塚原沙耶)

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